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「GMOペパボは、憧れの会社だったんです」近藤宇智朗(GMOペパボ株式会社)~Forkwellエンジニア成分研究所

「シニア・プリンシパル」とは?

――GMOペパボの方には以前もご出演いただいていますが、改めてご紹介いただければと思います。

近藤 GMOペパボは「インターネットで可能性をつなげる、ひろげる」をミッションとし、インターネットを通じた自己表現を支える様々なWEBサービスを提供している会社です。

例えば、ハンドメイド作家さんが作品を販売できるプラットフォーム「minne」、画像をアップロードしてスマホケースやTシャツなどを作成・販売できる「SUZURI」、あとは初心者の方々のHP制作を支援するところから始まり、現在は制作会社さんや大手の会社さんにも使っていただいているレンタルサーバー「ロリポップ!」などです。

さらに現在は「ロリポップ!」のプランの一つとして「マネージドクラウド」という、クラウド的な要素を入れた一種のレンタルサーバーも提供しています。普通、レンタルサーバーで利用できる言語はPHPのようなApache上で動くものなのですが、マネージドクラウドではRudyやNode.jsなどいろいろな言語を使えるようにしています。さらにオートスケールやコンテンツキャッシュ等のクラウド的な機能を簡単に使えるようにした拡張性が高いサービスを昨年から正式版としてリリースしています。

――その中で、近藤さまは「シニア・プリンシパル」というポジションでいらっしゃると伺っています。具体的に、どういったお仕事を担当されているのですか?

近藤 「シニア・プリンシパル」というのは、エンジニアとしての職位を示しています。GMOペパボには技術力の高いエンジニアを評価していく制度があるのですが、その最初の段階がシニア、その次がプリンシパル、さらに上の段階にシニア・プリンシパルがあります。エンジニアが100名近くいる中で、シニア・プリンシパルは2名しかいません。

――凄いですね……!

近藤 シニア・プリンシパルの上が技術部長 兼 VPoEの柴田、トップがCTOの栗林となっています。専門職のラインの他に、CTL(チーフテクニカルリード)と呼ばれるそれぞれの事業部の技術責任者も存在します。シニアからシニア・プリンシパルまでの職位は立候補制で、資料をもとにCTLまたはCTOと技術部長が審査し、「技術力を持ち、業界を代表しうるエンジニア」と認められた者のみ昇級できる仕組みになっています。

全社にオープンな形でレジュメを公開し、自分のしたことの背景、「こういうコードを書きました、こういう所を提案しました」とか「こういうオープンソースプロダクトを作って、会社のここに導入しました」などの実績をまとめ上げた上で、「ゆえに、私はシニア・プリンシパルにふさわしいです」と立候補するわけです。

RubyKaigi 2019の懇親会で挨拶をする @udzura

昇格要件が明示されていない理由

――要件はどういうものなんですか?

近藤 要件は、ハッキリとは明示していないんです。明示してしまうと、攻略法ができてしまうからですね。受験対策みたいになってしまい、真に実力があると言えなくなってしまう。特にシニア・プリンシパルのレベルに関しては、CTOの判断に依る事が大きいと思います。

とはいえGMOペパボのエンジニアとして目指してほしい方向性は、かなり具体的に示されています。私に関しては、オープンソースでHaconiwaを公開したり、Rubyやmrubyに関する貢献をしたり、CRIUというコンテナ系の技術の専門知識をまとめたり、等々で評価を受けています。

事業部の目標と結びついた実績もそうなんですが、他にも「グレード評価」というものがあります。ペパボの指針である「大切にしている3つのこと」に、「みんなと仲良くする」「ファンを増やす」「アウトプットする」があるのですが、それに対応した形で「エンジニアとしてみんなと仲良くする事って何だろう」「職種をまたいで技術的な所で人を引っ張ることだ」ということをそれぞれで考えて、対応する実績を上げていく資料を作ることになります。

シニア・プリンシパルへの立候補資料としては、三つの観点をさらに噛み砕いて「プロダクトを作り上げる力」「先を見通す力」「技術力で、皆を引っ張る力」という三点を実績をもとに論じました。私の場合、ちょうどマネージドクラウドの立ち上げの際に、アーキテクチャや設計からリリースまですべて関わっていて。その実績に加えHaconiwaというコア技術を作ったことをまとめ、シニア・プリンシパルとして認められました。

評価資料は、制度開始以来全て残っています。シニアやプリンシパルになりたい人はその資料を参照し、その職位にふさわしい動きを考え実践していき、自分の言葉で資料を作って立候補する。そういう評価制度になっています。

――これほど自薦が求められる評価制度は、日本企業ではかなり新鮮な印象を受けます。

近藤 この資料を出すのは、転職する時くらい労力と勇気がいるんですよね。他社に出したらそのまま業務経歴書になるくらいのものです。それこそ、Forkwellさんが考えていることと近いかもしれませんが、エンジニアとしてキャリアを積み、そのキャリアを自分で説明できるようになるというのは技術力を高める近道です。それを、評価制度に組み入れているという形ですね。

現在は「大名エンジニアカレッジ」を企画しています

――GMOペパボでの仕事について、もっと詳しくお伺いして良いでしょうか?

近藤 今までやってきたのは「minne」とか「ロリポップ!マネージドクラウド」などの、普通に開発していると手が回らないような基盤部分の改善を技術基盤チームとして支援していました。

もう一つの軸は、研修です。新卒研修で講師をしたりもしたのですが、大きいものとしては第二新卒で業界未経験の方を採用する社内ブートキャンプ「ペパボカレッジ」の立ち上げと、福岡での講師の取りまとめをやっていました。

今は「ペパボカレッジ」のノウハウを外部コミュニティにも生かすべく、プログラミングスクールをブートキャンプ形式でやる取り組みを企画しています。会場として使う、福岡市・福岡地所・さくらインターネットとGMOペパボが共同事業者として運営するスタートアップ支援施設である「Fukuoka Growth Next」の所在地である地名から、「大名エンジニアカレッジ」という名前で進行しています。

「大名~」はコミュニティと繋がったスクールで、「Fukuoka Growth Next」のサブプロジェクトとして動いています。福岡のコミュニティ全体を巻き込んだプロジェクトでもあるんですね。

GMOペパボには研修のノウハウはあるものの、外向けのブートキャンプは経験がなくて。そのノウハウは外部から力をお借りして、Rubyコミュニティでは研修・教育の第一人者として名の知られた五十嵐邦明さんに監修をお願いしています。コミュニティドリブンでブートキャンプを行い、そこにGMOペパボのノウハウを重ね合わせるというプログラミングスクールですね。2019年6月からのスタートを予定しています。

――すごく手広い業務内容ですね。

近藤 手広いですね。いったい私、何エンジニアなんだろう(笑)。

RubyKaigi 2019で登壇する @udzura

大学で打ち込んだ「子ども会」サークル 

――ご出身は、東京大学の文学部だったんですね。

近藤 そうですね、日本文学をやっていました。

――完全なる文系で卒業され、そこから12年で会社の主力のエンジニアになったと。大学では、どんな研究をされていたのでしょうか?

近藤 私は、学問という意味では東大に受かって燃え尽きた部分があって。学部卒なのですが、最初の1、2年はひたすらサークルに出入りしていたんです。

そのサークルが面白くて。「駒場子ども会」という地元の子ども会を運用する会で、月2回子どもたちを連れて遠足を企画するんですね。月2回なので、準備には2週間ずつしか使えません。四つの班に分かれて、一つの班で毎回10人弱の子どもを大学生だけでお世話をするサークルでした。

これが、非常にハードでしたね。安全面を非常に重視して、上野や多摩の動物園だったり、九段下にある科学技術館や代々木公園など色々な都内の施設への引率経路を下見して「この辺は子どもが迷子になりやすいから気を付けましょう」とか「途中の道路で危ない所がある」とか全部調べていました。

班の子どもたち同士の関係も気を配って、小学2年生の9月から入った子たちがすんなり班に溶け込めるよう工夫したり、運動会では裏方がスムーズに運用でき、チームもまとまっている感じを出せるよう練習したりしていました。

事業を作るのって、日々の運営・運用もそうなのですが、「会社がどうなりたいか、世の中に対してどういう価値を提供したいか」を決めないといけないですよね。この「駒場子ども会」も同じで、「子どもたちが最終的にどうなってほしいか」を常に考えていました。コンセプトドリブンな活動をしていたと思います。意外と、今の自分に活きている感じはしますね。

――今は完全に立場を確立してらっしゃると思うのですが、いつからエンジニアを目指されたんですか?

近藤 社会人になってからですね。就職活動ではマスコミ系を中心に受けていたのですけど、倍率の高い業種なので落ちまくってしまい。最終的に入ったのが、BCNという業界誌を出している会社でした。記者をやるつもりだったのですが、最初に入った部署は社内システムの運用だったんです。同社は家電量販店のPOSデータを受け取り、集計したデータを販売する事業をやっています。その社内システムの運用を担当したんですね。

ジョブローテーション的な意図があったと思っているのですが、私はそのまま社内システムの運用をやりながらプログラムを書き始め、エンジニアになった形です。かなり、偶然の面が強いですね。

――希望とは違うところに配属されたと思うのですが、エンジニアに対して苦手意識はありませんでしたか?

近藤 「(会社とは)そういうものだろう」と思ってました(笑)。あと、パソコンを触るのが楽しかったんですね。やってみると、意外と運用で改善したりプログラミングしていくのが好きになりました。

もともとWEBを全く知らなかったわけではなく、BASICをいじってみたりHTMLを覚えて実家のHPを作ったりしていたので、知識がゼロというわけではなかったんです。ある意味、なるべくしてWEBエンジニアになったのかもしれません。

Rubyコミュニティに入り、「一人じゃない」と実感しました

――その後、GMOペパボさん入社までに3社を経験されているそうですね。

近藤 そうですね、GMOペパボにはかなり長く在籍していますが、他は2~3年くらいです。最初の転職先が、(株)富士山マガジンサービス(以下、富士山)という雑誌のECサービスの会社でした。

ちょうどRuby on Railsがブームになり始めていた頃だったので、「WEBの会社に行きたい」と思って転職活動しました。ただ当時、Railsの会社ってクックパッドとか2、3社しかなくて。その中で、富士山に入りました。同社はご存知の通り、雑誌の定期販売をWEBサービスとして運用・開発する会社で、僕はRuby on Railsを使って商品を表示するためのサービスの開発・運用をやっていました。

商品表示用サービス、カード決済サービス、メールを送るためのサービス、さらに今でいうオウンドメディア記事を出すサービスと、マイクロサービスがたくさんある感じで。当時としては珍しい小さなサービスを組み合わせるアーキテクチャをとっていました。

ただ、その頃の富士山はRailsもやっていたんですけど、他の技術を使ったプロダクトも多かったんですね。基本的に、サービスに大きく手を加えるにはそちらにも詳しくないといけなくて。もっと集中してRailsをやれる環境にいたいと思うようになり、次の転職を考えました。

同じ頃、東京のRubyのコミュニティに顔を出し始めまして、2011年に開催された「東京Ruby会議05」などにも参加しました。そこで、変な話ですけど、「僕は一人でRubyを書いているんじゃない」という事を実感して、コミュニティ活動にはまっていきました。RubyのRails以外のWEBフレームワークを研究し、ドキュメントの翻訳なんかもしたり、徐々にオープンソースにも触れるようになって。そうこうしている内に勉強会で藤村大介さんと知り合い、藤村さんが当時いたAimingという会社に誘っていただきました。

――キャリア選択やスキルアップのかなりの部分で、コミュニティに影響を受けているんですね。

近藤 そうですね。東京のRubyistコミュニティにはいろいろ顔を出していたんですが、Asakusa.rbを始め、TokyuRuby会議というビールを飲みながら発表する会だったり、いろいろですね。Aimingに行ってからはShinjuku.rbのお手伝いもしていました。

福岡は、カオスで面白いのが特徴だと思います

――福岡に転居されたのは、GMOペパボさん入社がきっかけなのですか? 

近藤 そうです。もともと奥さんが北九州の出身で、「子どもができたら、どちらかの実家に近いところに引っ越したい」という話をしていて。

AimingはRuby on Railsでの開発も面白かったですし、それまでの会社でできなかった相互レビューやアジャイルプラクティスの実践だったり、定期的に振り返りをする文化だったりがあって、エンジニアとして凄く成長できました。Unityみたいに、全然違う事もできて面白かったですね。

ただ、入社2年目で子どもができたんですね。僕も奥さんも地方出身で東京の学校事情に詳しくないですし、実家に近い福岡で子育てしようと思って。それで、福岡で勤務できるように転職活動を始めたんです。

その時に思い出したのがGMOペパボ(当時はpaperboy&co.)でした。富士山時代から気になっていた会社で、技術基盤整備エンジニアを前面に押し出した最初の会社だったんです。そういう仕事をしていた人たちは沢山いたと思うんですけど、「技術基盤チーム」と名前を付けたのはGMOペパボにいた宮下剛輔さんだと思います(これはインタビュー時はこう発言していましたが、後から調べたらもともとクックパッドにあった「開発基盤グループ」から名前を借りていたようです)。

宮下さんのブログでエンジニアの技術評価制度や、「技術基盤チームを作って技術ドリブンで組織を変えていく」という記事を読んで、「ウチもこういうことをしなきゃダメですよ」という話を当時の富士山のCTOにしていました。GMOペパボは、憧れの会社だったんです。

それで、調べるとGMOペパボは福岡に支社があって、結構な人数がいるぞ、というのを思い出しまして。宮下さんが登壇していた勉強会に潜り込んで、終わった後に「ペパボ福岡の話を聞かせてもらっていいですか?」と突撃して、それがきっかけで話が進みました。2013年のことです。

――今年で6年目ぐらいなのですね。いろいろな地域を経験された中で、福岡に来られていかがですか?

近藤 まず、生活のクオリティが上がったのは間違いなくて。こちらに来て、奥さんが魚の料理をたくさん出してくれるようになりました。後から聞いたら、「東京の魚は積極的には食べる気がしなかった」と聞いて。スーパーで買うものからお店で食べるものまで全部素材が良くて、美味しいです。食に関して、本当に満足しています。

エンジニアとしての成長という意味だと、東京圏の10分の1程度しかいないとはいえ人口は多いので、いろいろな勉強会が開催されています。Rubyもそうですし、Elixirも勢いがあります。PHPとかGoも近々大規模カンファレンスが開催されます。エンジニアとしていろいろなコミュニティに参加できるし、その壁も東京より薄いのかな、と思っています。

僕はRubyコミュニティの人間ですけど、PHPカンファレンスやFukuoka.goなどでも喋っていたり。隣のコミュニティに優しいというか、いろんなジャンルの人がいい感じに混ざり合ってカオスで面白いというのが福岡の特徴なのかなと思っています。

エンジニアの成長という観点で言うと、一つのジャンルに閉じこもるのではなく、いろいろな人の話を聞けるので刺激が多いのかなと思います。

コミュニティで、自分の強みを探してほしい

――ここからは、近藤さんが働く上で大切にしていることについて、「事業内容」「仲間」「会社愛」「お金」「専門性向上」「働き方自由度」の6つの項目から合計20点になるよう、点数を振り分けていただきます。

・事業内容 3

「自社開発のサービス」という点はこだわりますが、ジャンルは意外と問わないというか……。ただ、ものづくりなど情熱のある人を応援できるようなサービスだとベターです。

・仲間 5

同僚、会社の仲間というのは一番濃い関係が築ける人々でもあるので、面白い人がいる会社というのが一番です。ペパボに入社したのも、話した通り当時の技術責任者である宮下さんに感銘を受けていたのが大きかったです。

・会社愛 3

よい文化を持っている会社であれば嬉しいとは思います。ただ、エンジニアは会社のみならず、技術コミュニティなどにも所属しているという気持ちが大事かなと思うのでこの点数にしました。

・お金 3

良い人と繋がり、専門性を上げていけばついてくるものだと思うので。とはいえ大事なのでここは「4寄りの3」ですね(笑)。

・専門性向上 4

面白い人と繋がるには、自分自身のコンテンツ性が大事なので。専門性を磨ける環境は、重要だと思います。

・働き方自由度 2

一般的な福利厚生があれば良いと思います。そもそも、家庭の事情などで柔軟な対応ができるとベターとは思いますが、基本的にはリモートより同僚と同じ場所で働きたいタイプです。

――ありがとうございます。最後に、キャリアに悩んでいるエンジニアの方へメッセージをいただけますでしょうか。

近藤 自分が好きなことには、自信を持ってほしいですね。そのためには、まずコミュニティに入って、コミュニティ内でさらに自分の強みを探すのが大事だと思います。その上で好きなことだからこそ深掘りして、自信に根拠を持たせる活動をしてほしいと思います。好きなことに対してガンガン突っ込んで、手を動かしていけば先に繋がると思います。

専門性は、どんなお仕事でも必要ですよね。デザイナーさんも僕らにできないことができますし、マーケッターさんとかマネジメントが上手な方もいます。得意なこと、好きなこと、かつ世の中に求められているスキルを伸ばすのが良いのかなと思います。

――インタビューは以上になります、ありがとうございました。

<了>

ライター:澤山大輔


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