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「残念ながら、人生はクソゲー。神ゲーにしたいんです」中尾瑛佑(一般社団法人日本ゲーミフィケーション協会)〜Forkwell エンジニア成分研究所

ゲームの楽しい要素を、転用する仕事です

――中尾さんは合同会社ザ・ワッグル、一般社団法人日本ゲーミフィケーション協会の2つに関わっておられるそうですね。こちらではどういったお仕事をされているのでしょう?

中尾 ザ・ワッグルでは大きく分けて3事業に関わっております。1つめは、eラーニング系のコンテンツ制作。2つめは、中小企業さんのデジタルトランスフォーメーション支援です。こちらはWebを持っていないお客様に関して無料でWebをお作りし、月額いくらで更新サービスをご提供しています。

3つめは、ツールの導入支援です。いろいろなツールが出てますが、知見がないと導入しづらいですよね。その部分をわれわれが担いますよ、というものです。全社的に進める際には教育コンテンツを作り、実行支援まで行ないます。

――ありがとうございます。一般社団法人ゲーミフィケーション協会の方では、どのようなことをやっていらっしゃるんですか?

中尾 高校生に集合教育ではない方法で、いかにモチベーションを出してもらうかを考えています。旧態依然とした授業では、いつまでたっても良い人材が増えませんよね。そこで、ゲーミフィケーションの研究をずっとされてきた岸本好弘先生を代表に招へいし、6項目36の体系を教材化し無料で学べるようにしています。

――授業にゲーム要素を入れ、子どもたちがモチベーション高く勉強できるように支援しているのですね。

中尾 そうですね。ゲーミフィケーションとは、「ゲームの楽しい要素を転用する」というものです。例えばWebページにゲーミフィケーションを組み込んで、何度も訪れたくなるような仕組みを整えたり。協会には他にもゲーミフィケーションを研究されている先生や、「ゲームニクス」といった概念を提唱する先生もおられます。そういう方々と、いろいろな仕掛けを行なっていこうと思っています。

楽しくする要素を入れないと、人生はクソゲー

――一般社団法人ゲーミフィケーション協会を立ち上げられたのは、いつ頃からですか?

中尾 任意団体としては、今年の4月からです。協賛してくださる方が増えたので、7月4日に港区に登記申請を出したばかりです。ただ、港区は1番忙しいところで(登記まで)2週間ぐらいかかるんですね。なので、取材をお受けしているこの時点では申請段階です。 

――Webサイトを拝見していますが、「残念ながら人生はクソゲーだ」って表現、良いですね。

中尾 そうなんです。「普通に生きたら、人生に入ってこない要素だよね」と。楽しくする要素を入れていかないと、人生は楽しくない、クソゲーだよねと。なので、自分自身で楽しくなる要素を設計して、デザインし、楽しく生きる。それを目指しましょう、という思いです。

――面白いですね。岸本さんとはいつから接点を持たれたんですか?

中尾 僕はゲーム業界出身者ではないんですが、インストラクショナル・デザインを独学でやっていたことがありまして。

このインストラクショナル・デザインは、突き詰めるとゲーミフィケーションの要素とかなり似ているんですね。それで、私個人でゲーミフィケーション的な活動を教材の中に入れてきた実績もあって、とある企業様に招へいいただいたんです。

その際に、一緒に呼ばれていた岸本先生と初めてお会いしました。その後も教育系のイベントなどで何度かお話する機会があって、話すうちに「目指しているところが似ていますよね、一緒にどうですか」となりました。2019年2月ぐらいのことです。「じゃあやろう」となって、4月から任意団体として準備し始めました。

――今後、こういう活動をするという予定があれば教えてください。

中尾 直近では、2019年11月の「eラーニングカンファレンス」に出展します。そこでコーナーを設けさせてもらい、発表する場を作ります。できれば独自に発展させて、いろいろな業界でゲーミフィケーションを実践してもらいたいなと。

ゲーミフィケーションは、実践の中での事例研究でしか発展していかないジャンルだと思います。情報を集約して、発信していく形でどんどんブラッシュアップしていく。協会としては、さらに教育コンテンツを充実させていこうと思っています。

「みんなの意識を変えるには、教育しかない」

――高校卒業後、陸上自衛隊に所属されたそうですね。

中尾 僕は、順風満帆な家庭で育ったわけではなかったんです。高校3年のときに家出し、1人暮らしをしていました。それで、衣食住付いてお給料ももらえるし、あとは「迷惑かけて生きてきた分を(世間に)還元しないといけない」と思ったので入隊しました。

――入隊されていた4年間は、どういうことを学んだのですか?

中尾 まずはバイクに乗りたかったので、偵察部隊に行きたかったんですね。けれど、定員に枠がないと言われて。それで普通科部隊の「情報小隊」、情報を集めてくる部隊に行けと言われました。情報小隊では、バイクに乗れるんです。

ただ、情報小隊は自衛隊の中でもエリートなんです。数々の教科でトップを取らないと入隊できないようなところでした。前期教育と後期教育があるんですけど、私は後期教育の方でトップを取って入れました。

――すごい。

中尾 そこから3カ月ぐらいいろいろな教育隊に行き、レンジャー訓練をさせてもらったりしましたね。リペリング(懸垂下降)といって、ヘリコプターからロープで降りてくる訓練をやったりもしましたよ。

ただ、実はレンジャー訓練中に腰をケガしてしまって。それで4年で除隊し、SIerに転職しました。ケガの影響もあって「肉体労働は厳しいな。頭を使う仕事しかないな」と思ったんですね。

仕事はCOBOLエンジニアで、社会保険の基盤システムの開発に携わりました。ただ、ここは孫請けでして、同じ仕事なのに直接入社した人たちとは待遇が全く違ったんですね。「世の中は学歴社会なんだな」と思いまして、もう一度勉強し直そうと思って東京理科大に入り直しています。

――すごいですね、それも東京理科大というかなりの難関大に。

中尾 勉強ができたわけではないですが、数学が好きだったんですね。数字の話を読んだり、雑学的な記事も好きでした。それで、理系の大学を選びました。

――eラーニングのベンチャーを選ばれたのも、そのあたりに理由があったんですか?

中尾 そうですね、直接的な理由というわけではないですが。東京理科大に行きながら、同時に司法試験を受けようと思ってロースクールにも通ったんですね。そこで憲法を学んでいたら、「あれ、日本って三権分立できてないじゃん」というのが見えてきて。

「このままだと、戦争を起こす国になるのでは」と思ったんです。戦争って政治決断の1つなんですけど、民主主義の国なので国民の後押しがないと容易に起きないんですよね。

国民感情がブレてしまうと、突き進んでしまう。止めるには、毅然とした政治判断が必要。けど、そういう政治家があまりいない。変えるのには三権分立がちゃんと動いていないと難しい。皆の意識を変えていくしかない、「なら教育を変えるしかない」と。

それで、教育を広く展開できるのはなんだろう、となってeラーニングを始めたのが出発点です。 

Elixirを見つけたのは、「これじゃ世界には勝てない」という思いから

――伺っていると、状況に応じてやりたいことを見つけておられますね。

中尾 いえいえ。

ある時、いまの社会人がどういう研修を受けているのかと思って、プログラミングの企業研修で講師をやったんです。それでカリキュラムを見たところ「あれ、僕が新人の時に受けていたものと変わっていないぞ?」と。

――15年ぐらい経っているのに、15年前と同じ教育をやっている。

中尾 そうです。「これじゃ世界には勝てない。今から勝てるものは何だ?」ということで探し始めて、到達したのがElixirだったんです。

――fukuoka.exの森さんと出会ったのも、そういう経緯だったんですね?

中尾 そうですね。Elixirの勉強を始めて、ツイッターでつぶやき始めました。右も左もわからない状況だったんですけど、いろいろ教えてもらいました。

――これまで最も印象に残っている仕事は、どういったものがありますか?

中尾 某銀行さんが合併する時、システム照合のやり方が変わるのでeラーニングコンテンツを作る必要が出て、僕がプロデュースして作ったんです。

その後、Q&Aのシステムがほしいという話が来まして。ただでさえエンジニアはピリピリしている中で、サーバーサイド言語もソフトウェアをインストールすることもできない中で、「質問が上がったら、行員がアップデートできるQ&Aのシステムがほしい」というんですね。

それで僕は「だったら、一時しのぎかもしれないけど、エクセルのVBAでXMLを吐き出し、それをWEBサーバーにアップロードすることでフロントのテンプレートだけをJavaScriptとCSSで作り、QAシステムみたいな形でやればサーバーサイドもデータベースもアプリケーションもインストールしなくて回ると思いますよ」と提案し設計しました。

――工数はどれぐらいかかったんですか?

中尾 古すぎて覚えてないんですけど、3カ月ぐらいで作った気がしますね。

――お1人で作られたんですか?

中尾 僕はVBとかプロトタイプのイメージだけ最初に作って、あとはエンジニアさんに頼みました。当時、僕の立場的にはディレクターだったので、プロトタイプは「こんなイメージのものでできるでしょ」と作るところまでですね。

為せば成る、為さねば成らぬ何事も

――業務を行なう上で、大事にしているモットーや好きな言葉を教えてください。

中尾 「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」ですね。覚悟を決めてやり始めれば、なんとかなる。やらなければ何事も起こらない。

――おっしゃる通りですね。厳しい状況でも、精神を折らずに切り開いてこられた方なんだなと改めて思いました。次に、ご自身の成長のために日々行なっていることがあれば教えてください。

中尾 何かしら、勉強はし続けています。興味あることが増えていくタイプなので、本はたくさん読んでます。気が付いたらKindle版をガンガン買って、Kindleの古いやつだと入りきらないのでKindle Oasisを買ったり。

――購入する書籍は、どういうものが多いですか?

中尾 本当にいろいろですね。ちょうどfukuoka.exの森さんと哲学の話をしていたんですが、「哲学のエントリー本はこれが良いですよ」と言われてその場でポチッたり。「哲学がないと、システムなんて作れないよね」みたいな話をしていました。

――お二人が話をされているところ、聞き耳を立てたいです(笑)。

中尾 厨二病みたいな話です(笑)。

自衛隊を経て、他責思考はなくなりました

――ここからは、中尾さんが働く上で大切にしていることについて、「事業内容」「仲間」「会社愛」「お金」「専門性向上」「働き方自由度」の6つの項目から合計20点になるよう、点数を振り分けていただきます。

・専門性向上:2
・仲間:10
・お金:1
・事業内容:1
・働き方自由度:5
・会社愛:1

中尾 最初に大事なものから振り分けると、仲間が一番です。次に働き方自由度、あとは1点ずつ振り分けたら1点余ったので、「じゃあ専門性2かな」と思って。

――圧倒的に仲間が大事で、その次に自由度なんですね?

中尾 そうですね。いろいろやってきた中で、1人だけでできることはあまりなくて。どういう仲間が集まるかで、やれることは全然変わるなと思いました。一番重要なポイントじゃないかと思っています。

――今まで仕事をしてきた中で、一番大きかった出会いはいつ頃ですか?

中尾 自衛隊です。エリートの先輩がたくさんいるグループに入り、様々なことを吸収させていただきました。先輩方の考え方や教えは、未だに染み込んでいます。成長させてもらえた実感があります。

例えば「今やろうと思ってたのに、は甘え」ですね。「先に気づかなかったのが悪い」ということです。一つ一つの考えがとてもシビアで、自分を振り返ることを促されました。18歳で入隊し、そこからもう他責をすることはなくなりました。

――最後に、キャリアに迷うエンジニアの皆さんにメッセージを頂ければと思います。

中尾 「迷っても良い」ということですね。誰しも、迷わずに道を見つけられるほど甘くないよねって思うんです。

迷ったなら、とことん迷い続けること。内省し続けること。結局、答えは自分で見つけるしかない。人生は一度ですし、誰かに決めてもらうわけにもいかない。自分が決めたことに責任を持って行くしかないじゃない。

だから、迷って良いんです。もう少し気楽にいこうよ、という感じですね。

<了>

ライター:澤山大輔


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