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2015年にリリースされたスマートフォン向けゲームアプリ『オルタンシア・サーガ -蒼の騎⼠団-』をはじめ、『マギアレコード 魔法少⼥まどか☆マギカ外伝』など数々のヒットタイトルを世に送り出しているf4samuraiは、2020年に創業10周年を迎えた注目の企業だ。「世界に、”一番のワクワク”を届ける『おもしろきことがあり世に おもしろく』」を企業理念に掲げ、ゲームの企画・開発だけでなく、配信、運営まで、コンテンツを世界に届けている。そしてさらなる発展を目指し奮闘している同社の創業者の一人、松野洋希CTO兼CHROに話を聞いた。
前編はこちら
前編は、創業から柱であるゲーム事業について順を追って話を進めた。後編では、次々とヒット作を生み出すf4samuraiのエンジニアリング組織の実際について掘り下げていこう。
「制作チームの人数は、20人から50人。大きい会社だと100人、200人は当たり前だと思うので、弊社は少数精鋭か中規模くらいかなと思っています。個人的にはこれくらいの人数の方がやりやすい」
同社の創業者の一人で技術を統括するCTOと人事の責任者であるCHROを兼任する松野は、自社のゲーム開発組織をこう説明する。
「規模的にも、スペシャリストよりもジェネラリストが向いているかもしれませんね。サーバのここは誰にも負けません、Unityのここだけできますっていう人よりも、システム全体を見られる人の方が多いし、ユーザにどんなものを届けるかまで考えられる人の方が結果的に活躍できるケースが多い」
同社のエンジニア組織はフロントエンドエンジニア、サーバサイドエンジニア、ネイティブエンジニアに大別される。
「フロントエンドエンジニアは、ゲームのUIや派手な演出を必要としない部分をhtmlやCSS、JavaScriptなどのWeb制作寄りの技術でつくっていきます。必要があればサーバからデータを取り出したり、ネイティブに切り替えて画面を表示するといったこともあるので、横断的な知識が必要になります。
サーバサイドエンジニアはサーバサイドのプログラミングのみでなく、AWS を使ったインフラ周りも担当しています。サーバ設定だったり、ミドルウェアのインストール、データベース周りなどを一通り見ています。
ネイティブエンジニアは今は Unityを使った実装が中心です。インゲームと呼ばれるアプリ固有の画面をはじめ、通信や課金、アプリをビルドしてリリースするまでのところに関わります」
「3つの職種に分かれて得意分野を発揮してもらっていますが、共通しているのは自分の領域だけで完結するのではなく、全体を見てよりユーザのためになる機能や改善を積極的に提案していくメンバーが多いということです」
松野が挙げるのは、能力よりも視野や取り組み、他者への興味の部分だ。
「エンジニアなら技術が重要なのは当たり前なのですが、細分化が進むエンジニアの一部分だけにフォーカスして『極めたい』という人よりも、興味の幅が広くて、広い視野でゲーム全体を見たい人の方が弊社には合っていると思います」
松野曰く、働くに当たっての裁量や、権限、自分が担当する範囲をある程度自由に決められるのが、f4samuraiのエンジニア組織の大きな特徴。
CHROを務める松野自身、前編で紹介したようにエンジニア組織が「内に籠もる」環境での失敗を経験しているだけに、それぞれがそれぞれのタスクを完遂すればいいという関係性ではなく、より開かれた、コミュニケーションがある環境を大切にしている。
前編でもすでに紹介した「おもしろさ」「やさしさ」「チャレンジ」「組織貢献」「当事者意識・責任感」「ルール遵守」と6つのバリューを見れば、f4samuraiのエンジニアチームが何を重視しているかは一目瞭然だ。
2010年に起業する以前、松野は野村総合研究所の技術支援部署に属していた。
「オープンソースソフトウェアを現場にどう生かすか、システム構築に組み込めるオープンソースソフトウェアを探したり、カスタマイズしたりするチームで、野村総合研究所の中でも技術に寄った組織に8年いました」
当時はSIerとして社内の技術支援に従事していた。そこから、同期の金哲碩(CEO)、田口堅士(COO)と組んで3人で起業となるわけだが、松野自身は根っからのエンジニアというわけではなかった。
「どちらかというと、起業にはずっと興味があったんですよね。何でそういう話しになったのかいまでも謎なのですが、あるとき父親が『これからは起業だ』って突然言い出したんです。学生時代のことなのですが、やけにはっきり覚えていて、ずっと心に残っていたんですね」
父は「技術セールスみたいな立ち位置のエンジニア」だったという。
「経営者でもないし、普通にサラリーマンをしていた父が言った言葉だから心に残ったのかもしれません」
松野は、「起業」を念頭に、社会に出る前に会計の知識をつけるため簿記2級を受験するなど、「いつか」のための準備を進めていた。
野村総合研究所に就職したのも、「大きな会社で腕試し」という思いがあったという。
「大学を卒業した時点では、自分にどんなことができるのかまだよくわかりませんでした。そこで、野村総合研究所という大きな会社に入ってみてからと思ったのですが、いざ起業するとなると周りは反対だらけでしたね。『せっかく入ったのにもったいない』って(笑)。同期三人で起業して、業務で一番技術に携わっていたのが自分ということで技術を見よう、はじめたばかりの頃はメンバーもいないですから、コードも書こうみたいな感じでしたね」
CTOになるのは必然だったといえるが、後年担うことになるもう一つの役割、人事最高責任者、CHROもそもそも興味のある分野だった。
「創業当時から、お正月に書き初めやろう!と言って大きな紙を買ってきてその年の抱負を壁に貼ったり、そういうことは自然にやっていましたね。ただ6、7人の会社でそれをやっても目に見える効果はありませんよね(笑)。それよりも、早く売れるゲームを出そうとか、とにかくリリースできる状態にしようとかそういうことにリソースを割いた方がいい。そりゃそうだと思って、寝かしておいた部分はあります」
メンバーが150名規模になった現在、人事面から会社を活性化することがいいゲームをつくること、ゲーム以外の事業の芽を育てること、会社の成長に直結するようになった。
「人事はやりたいことの一つではありますけど、それだけがやりたいわけじゃない。一番は、会社のミッションを果たすこと。そのために僕のスキルが生かせるなら何でもやるというのは、創業当初に技術面を引き受けたときから変わってないし、人事なのか、コミュニケーションなのか、組織づくりなのか、やれることは何でもやります」
松野が目指しているエンジニア組織は、コミュニケーションを軸とした横断的組織。フロントエンドエンジニア、サーバサイドエンジニア、ネイティブエンジニアがそれぞれの専門性を発揮した上で、有機的に「ワクワクするもの」をつくり上げるために機能するのが理想だ。
「CHROを引き受けたときも、純粋な技術面のレビューは僕よりも得意なメンバーが他にいるから任せても大丈夫だと思っていましたし、CTOの役割は、エンジニアメンバーをうまく活かすことだと思っているので、エンジニアリングから遠くなったという話ではなくて、むしろ近くなったと思っているんです」
2020年4月に創立10周年を迎えたf4samurai。アニバーサリーの年に計画していたことは、新型コロナウイルスの感染拡大で半分も実行できなかった。
「記念行事が思うようにできず、緊急事態宣言など、めまぐるしく変わる世界に自分自身が追いついていけないところもあったのですが、ようやく『これはもうしばらく続くのね』というマインドになって、覚悟が決まりました」
事業面では、CEOの金を中心にゲーム以外のプロジェクトも動き始めている。現在の中核であるゲーム事業では、2015年リリースのヒット作『オルタンシア・サーガ -蒼の騎士団-』を中国の開発会社にライセンスアウトしフル3Dのリメイク版を開発。『オルタンシア・サーガR』というタイトルで日本を含めアジア全土で展開するなど新たな展開も始まった。
「企画・開発、配信・運用までができることが弊社の強みだったのですが、『オルタンシア・サーガR』のプロジェクトでは、キャラクターデザインやストーリー、世界観の構築に付加価値があることを改めて確認できました」
これから飛躍的な経済発展が予想されるアジアで、すでに覇権をうかがっている中国の制作会社にコンテンツの中身を評価されたのは大きい。
「制作の予算規模や技術では、海外の企業と張り合っていくのはなかなか厳しい未来がある。日本のゲームの可能性は、世界観の作り込みにあるのかもしれません。
ワクワクするものを生み出し続けていくためには、世の中の求めるものをタイムリーなタイミングで出していかなければいけません。もうゲームはつくって終わりの時代じゃないし、運用していればいいというわけでもない。手持ちの武器を増やしていかないといけないフェーズになっているのは間違いありません」
f4samuraiの描く未来は、日本のゲーム、エンターテインメント業界が直面する問題に差す一筋の光明になるのかもしれない。
ライター:大塚一樹
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