目次
■エンジニアの軌跡
2017.11.12 2024.03.28 約5分
さまざまな企業で働くエンジニアとリレー形式で対談を行うDevRelay。vol.19に引き続き、「karakuri products」の代表取締役松村礼央 (@reomatsumura) 氏です。「社会にコミュニケーションロボットが根付くような場を作りたい」と語る松村氏。タチコマに強くこだわる理由やロボット社会を実現させるためのビジョンをお聞きしました。この対談は、2部構成(vol.19・vol.20)でお届けします。
idesaku:先ほど、松村さんが現在やっておられることとして「ロボットが社会に普及するためのインフラ作り」と話されていたのですが、それについて、もう少しだけ詳しく教えていただけますか。
reo_matsumura:はい。自分が今やっているのは、社会の中で「ロボットを機能させる場」をどう設計するかということだと思っています。同様に「場」を設計した例として、以前ユカイ工学で手がけた「konashi」について触れたいのですが、例えば、一般的に考えて「基板」を手作りで何枚か作って、それを1万円くらいで売ろうとしても、そうそう売れませんよね。
idesaku:そうですね。
reo_matsumura:基板作りを専業でやっていらっしゃる企業は多くありますし、プロとしてその手の製品を大規模にやっているメーカであれば調達も工夫し、大量生産することで価格的にもっと安い、良質な製品を売ることもできます。実際、iOS の CoreBluetooth をラップした API と基板をセットにして konashi より安い製品が同時期にたくさんでてきました。そうなると、規模が小さいところは太刀打ちできないことになってしまいます。
konashi の際にはそうした課題を解決するために、PLとして「どうやって使ってもらえる場を作るか」を考えました。高くても売れるためには「その価値に見合った体験が提供でき」かつ「多くの人が使っている」必要がある。それを満たす状況を用意できれば、それを使った作例も多く世に出ていて、話題にもなりやすく、それを見て自分もやりたいと思った人が買ってくれる。そういう「場」を作ろうと。
そこでまず僕は konashi を作る上で影響を受けた「Gainer」というプロトタイピングのためのオープンソースツールキットを作られた情報科学芸術大学院大学(IAMAS)の小林茂先生のところに伺い「スマホ時代の Gainer 後継機」として konashi を見ていただきました。
そこで、先生から「最近、ハードウェアをやりたい人に向けたハッカソンを開くつもりなので、そこで使ってみてみましょう」と助言いただいたのが最初の方でお話しした Loftwork や Engadget でのハッカソン開催につながっています。
idesaku:なるほど、そういう流れだったのですね。
reo_matsumura:このハッカソンにはいろんな分野でいろんなアイデアを持っている人たちが集まり、一緒に konashi で作品を作ります。konashi は色んな分野の人の言語・文化の違いを吸収するハブとして機能します。様々な分野の人が連携してアイデアを形にする、その体験のチケットとして基板の価格は参加費に含まれているわけです。当初はたしか2日間で8,000円でしたね。
idesaku:それであれば、高くはないですね。ハードウェアベンチャーに興味がある人にとっては、むしろ安いと感じられると思います。
reo_matsumura:参加者のみなさんがイベントへの参加権と一緒に konashi を買ってくれて、さらにいくつもの「作例」が残って、プレゼンテーションし宣伝にもなる。このような「場」がそのハッカソンだったのです。つまり、konashi を使うことでモノを生み出すコトが体験ができる。その価値が1万円という「場」を作ったわけです。
ここでの経験をベースにして、それをロボティクスの領域でも実行しようと思いました。その考えのもと僕はタチコマを作り、今度はタチコマというロボットが普及していくための「場」の設計をやっています。
idesaku:なるほど。非常によく分かりました。でも、開発者が基板を買うための場と、コミュニケーションロボットを店舗や企業が買うための場は、まったく違うものになりそうですね。
reo_matsumura:もちろんです。まず、企業であれ、個人であれ、何らかの「経済的合理性」が保ち続けられなければ、ロボットを買って身近に置いておこうとは思わないですね。今のところ「広告宣伝効果」を見込んで接客にロボットを使うケースはありますが、新規性はすぐに失われてしまいます。それだけがロボットの「経済的合理性」として見られているうちは、勝ち目がないんです。
なので「経済合理性」を産むには、ロボットが行う労働に価値が生まれるよう「場」を制御する必要があります。どうやって制御するかというと、ちょっと語弊がある言い方になるかもしれませんが恐れずに言うと、ロボットにおける人とのコミュニケーション戦略というのは「ロボットを使って、人をどのように引き込むか」あるいは「人の行動を、ロボットを通じてどのようにコントロールできるか」といったところにつながっていると考えています。つまり人のコントロールができればロボットのための「場」の制御が可能になる。
idesaku:「ロボットが人をコントロールする」というと、ちょっと怖くも聞こえますが、要は先ほどのお話にあった「人体を模したロボットの腕を使って、人に近寄ってきてもらう」というようなことですよね。
reo_matsumura:そうですね。そのコントロールによって、人の生活が豊かになったり便利になったりするのであれば、つまり人にメリットがあれば、それは「良いコントロール」だと考えます。たとえば、自動車を運転する人は、白線や信号によって行動をコントロールされることによって、道路を安全に走り、車の持つ移動能力を人は獲得することができますよね。それに近い考え方です。
現状の社会は、工業用ロボットではない、たとえば「コミュニケーションロボット」のようなロボットが役割を持って存在できる環境というのがないので、それらが働きやすい環境を用意して、その役割に価値を持たせなければなりません。この「ロボットが働きやすい環境」というのは、人がある程度ロボットのことを考えて生活してくれる環境です。その究極系は工場で、工場だと人がどう動くべきかが機械の都合でコントロールされてますよね。
ただ、今の私達の環境はそうではない。なのでその折衷点を探ろう、そのためにどういうように人とロボットが互いをコントロールし、共存する「場」を用意するべきかを考えよう、そのツールや方法論としての「コミュニケーション」ということです。そこでまず、どういう「環境」が必要なのか。そこを明らかにしながらロボットと人にどのように役割を持たせていくべきかというのを考えて、社会実装をやっていこうとしています。
idesaku:松村さんがやろうとしていることは理解できました。残る疑問として、なぜ「タチコマ」にそこまでこだわられているのかということなのですが(笑)。
reo_matsumura:もちろん、自分自身が「タチコマ」が好きだというのもありますよ(笑)。
ただ、事業としてやっていくにあたって、いくつかの合理的な理由付けもしています。まず「版権物」を使う理由として、人とのコミュニケーションにおいて重要な「ストーリー」の構築にあたって、すでに消費者の中に存在しているストーリーを活用できるという点が非常に大きいです。
例えば「攻殻機動隊のタチコマ」を知っている人であれば、作品に出てきたタチコマの言動や「賢さ」のようなものに対するストーリーを、自分の中に既に持っているわけです。そのストーリーに合わせてシステムを作り込むことで、よりコミュニケーションを通じて、ユーザーとロボットとの関係性をコントロールしやすくなります。
挨拶の対話1つとっても、相手にとって心地よいものはそれこそ無限のアプローチがあるわけですが、タチコマのストーリーを借りることで、相手が心地よく思う挨拶の仕方はいくらかコントロールできる範囲で探索できるわけです。このストーリーをロボット単体でイチから作り上げていこうとすれば、非常に時間もかかるし、ロボットに持たせなければならない機能も膨大になってしまいます。
また「タチコマ」を使うもう1つの理由としては、地理的、時間的に広範に普及しているコンテンツのキャラクターであるということですね。東京五輪のある2020年以後も世界中から日本に観光客が訪れたいと思ってもらうには、多くの人に「日本にまた来たい」「1度来ただけでは楽しみきれない」と後々まで魅力に思ってもらえる「場」を作ることを考えなければなりません。
その選択肢の1つとして、世界中に認知があり、かつ既に多くの人が自分の中に共通のストーリーを持つアニメやマンガが今あげられています。それをロボティクスにも応用しようと。「攻殻機動隊」は世界中でコアなファンが多い版権なので、その中で特に人気の高い「タチコマ」を利用するのは一つの最良な選択だと思います。
さらに、攻殻機動隊は原作漫画の初出から約30年、劇場用アニメの1作目からは20年以上が経っていますが、テーマとしては、今見てもまったく色あせていないというか、むしろ30年前には「早すぎた」くらいの作品ですよね。
だからこそ、いまだに継続して新しいコンテンツが作られていますし、過去のものについてもネット配信などで多くの人に見られています。ネット配信のコンテンツは、リアルタイムで作品を知らない若い世代の人たちにも継がれていきやすいのでブランドも廃れにくいです。
これらの観点で見ると、コミュニケーションロボットに付加する「ストーリーの再生装置」として、「タチコマ」に並ぶ適したキャラクターの選択肢はなかなかないんですよ。
idesaku:たしかに、そう言われるとそれに代わるキャラクターはちょっと思いつかないですね。
idesaku:「コミュニケーションロボットの社会実装」にあたって「タチコマ」が使われる理由は理解できました。昨年度から、実際に実証事業に取り組まれているわけですけど、そこから何か見えてきたことはありますか。
reo_matsumura:2016年からやっている実験では、店舗に設置した1/2サイズのロボット「タチコマ」とスマートフォンアプリ「バーチャルエージェント・タチコマ」を組み合わせた接客で、店舗の売上が2.3倍ほどになったという結果が出ていて、ある程度の成果、つまり設置に対する経済合理性は確認できたと思っています。
idesaku:2.3倍!それはスゴイ!
reo_matsumura:でも、限界も分かったんですよ。実証実験の期間が終わった後もロボットを継続して店舗に置いていただいたのですが、ある期間を境に売上が落ちてしまった。この境が何かというと新商品の投入が途切れたタイミングです。
実証実験の期間にタチコマが販売した商品は、比較的高価なキャラクターグッズが中心だったのですが、問題は「そもそも買いたくなる商品を継続的に供給し続けられないとダメ」ということです。つまりタチコマの接客によって買いたいと思っても、買う商品の選択肢が尽きていれば売上はあがりません。
つまり「コミュニケーションロボットが接客して売るのに適し、かつ売れる商品」というものを新しく考え、供給し続ける必要があることが分かったんです。考えてみると当然で、先に言ったようにコミュニケーションロボットはメディアな訳です。メディアを通して提供するコンテンツが消費に耐えなければ、メディアだけでどれだけ頑張っても全体として売上はあがりません。ゲーム機を作って売っても対応ソフトがないと消費が進まないのと同じです。
実際に店舗で接客販売用にロボットを使うことを考えてみると、それによって人が接客するときより時間が短くなることは現状ほぼありません。むしろ、長くなる可能性のほうが高い。つまりロボットは人より単価が高い商品を売り続ける能力がないと、たとえ商品単価が低くとも単位時間での対応人数が多い人間に負けてしまう。その導入コストに見合わない。そうなるとロボットなんて使わないんですよ。とてもシンプルな話です。
idesaku:では、どういう商品が「ロボットが売るのにふさわしい」のでしょう。
reo_matsumura:端的に言えば「できるだけ消費周期が短い」ものでかつ価格的に「付加価値が高い」もの、そして「継続的な展開が可能なもの」ということになります。Production I.G のグッズショップ「IGストア」を Production I.G と共同運営しているムービックさんなどと一緒に、これらの条件を満たす商材となる「キャラクターグッズ」はどのようなものかを考えて、作るところからできればと個人的には思っています。
idesaku:なるほど…。でもお話しを伺っていると、「ロボットを作る」ところから、ずいぶん遠いところにまで来てしまった感じがしますね(笑)。
reo_matsumura:たしかにそうなんですが、そこまで含めて考えていかないと、ロボットが根付く「場」はなかなか生まれないというのが僕の考えですね。
実際、ロボットを導入して大抵失敗するのは「メディア」であるロボットそのものの「コンテンツ」を商材として扱っているからだと思っています。「コンテンツ」として消費するモノとしてのロボットを投入してしまうということは、利益率がより低いグッズを販売するようなものなので。地獄だと思います。
その意味で今回の導入実証の成果は意義深いものだったなと。なぜなら、「何十年もファンに支えられている良質なコンテンツ」と「そのキャラクターを纏ったロボットというメディア」の複合技で条件を整えれば「店舗のグッズ売上を2.3倍にできる」わけですから。今後に希望が持てる成果だと思っていますよ。
idesaku:将来のビジョンについてお伺いしたいのですが、当面は「タチコマ」を使って、ロボットのための社会環境作りに注力されるのですね。
reo_matsumura:そうですね。社会にコミュニケーションロボットを根付かせるための「場」の設計と実装。さらに、その「場」を経済的に維持し続けられる仕組みの設計ですね。やらなければならないことはいっぱいありますが、突き詰めれば、自分の作ったロボットを通じて「世界が、今よりも少しでも良いものに変わっていく」というのが理想です。その点では、前回の大塚さんと同じ方向を見ています。
idesaku:「タチコマ」の次に、何か考えられておられることはありますか。
reo_matsumura:「1/2サイズ タチコマ・リアライズプロジェクト」は既に認知された版権物が持っている力をヒューマン・ロボット・インタラクション(人とロボットの関わり合い)を誘発するストーリーの再生装置として利用する試みです。ただ「karakuri products」としては、ゆくゆくはみんなに愛されて、それぞれにストーリーを紡いでくれるようなロボットをふくめたキャラクターを独自のコンテンツとして作りたい、という思いはあります。
そのためにも今の段階ではロボットが「役に立つ」と思ってもらえるような場の設計に全力を注いで「karakuri products」はそれができる会社だと多くの方に知ってもらえるようにしていきたいと思っています。ロボティクスを軸としたコンテンツビジネスのプロ、それが「karakuri products」だと。
idesaku:本当にいろんなことを考えて、実行されているのがスゴイと思うのですが、時間の問題もありますよね。段階的にチームを大きくしていくことも考えないといけないのではないですか。
reo_matsumura:それができるといいと思っていますし、将来的にはそうします。自分は「0から1」を作るところが得意なのですが、このフェーズだと1人で何でもすぐにやれることのメリットのほうが大きいんですよ。
何より「誰かに期待するよりまず自分が動く」というのが僕の信条なので。ただ一方で「1から10」とか「99から100」といった作業が私は本当に苦手で。そのうち、そういうことが得意な人から力を借りる、チームを作って組織を拡大することも考えないといけない時期が必ずくると思っています。
自分は「開発」「ビジネス」「研究」といった、これまでの経験を手持ちのカードとして組み合わせた結果、今こういう動き方をしています。本当は「エンジニア」としてものづくりに没頭できていれば楽しいだろうと思うこともあるのですが、なかなかそうはなれないですね(笑)。
idesaku:今回は、さまざまな領域に関わるお話しを、分かりやすく聞かせていただき、ありがとうございました。最後に、リレーインタビューのバトンを渡す方をご紹介いただきたいのですが。
reo_matsumura:Beatrobo で CTO を勤めている竹井英行くんを紹介します。高専時代の後輩で、僕と同じくからくり同好会に所属していました。弊社の社名はそもそも私が彼と一緒に卒業後も一緒に活動していたからです。
konashiを一緒に開発したのも彼ですね。彼はハードウェアでも何でも自分でコツコツとやっていくタイプで、僕よりも大塚さんに近いタイプだと思います。「Beatrobo」や「PlugAir(2017年12月サービス終了)」といった、キャラクターやガジェットとコンテンツを結びつけたサービスの運営を手がけていますね。
idesaku:キャラクターを前面に出している点、松村さんと似たアプローチをとっておられるのですね。
reo_matsumura:コンテンツを扱うビジネスを手がけている、という点では同じですね。ただ、竹井はそうしたコンテンツをWebサービスで扱うにあたりどう管理していくべきか、という課題に技術面から取り組んでいます。例えば、配信した音楽コンテンツが簡単にコピーされると困るので、相応の対策を取らねばならないわけです。
idesaku:こう言っていいのかわかりませんが、日の光が当たりづらい、泥臭いところを頑張って支えていらっしゃるのですね。
reo_matsumura:そうですね、竹井は泥を狙ってすすっている気もしますね(笑)ドジョウのように、ムツゴロウのように。その中にビジネスの砂金があることをちゃんと見分ける才能があります。
idesaku:(笑)では、泥に隠されてしまっている部分も含めて、いろいろな話を伺っていきたいと思います。本日はお時間を取っていただき、本当にありがとうございました。
※本記事の内容は掲載当時の情報であり、現在の情報とは異なる可能性がございます。