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ライフワークとメンタルヘルス

「エンジニア、やめたい!を乗り越える “無理をしない技術” のすすめ」 榎本 純也 医師

「エンジニア、やめたい!を乗り越える “無理をしない技術” のすすめ」 榎本 純也 医師

── 「こころと向き合いながら楽しくエンジニアライフを!」エンジニアの処方箋 シリーズエンジニアは他の職業に比べ、うつ病などのメンタル不調に陥る可能性が高いことが過去の調査から明らかになっています。 実際にメンタル不調を感じても、心療内科の受診や身近な人への相談はなかなかハードルが高いもの。そこで今回は産業医でもあり、エンジニア経験もお持ちの榎本 純也先生を招き「エンジニアのメンタルヘルス」についてアドバイスをいただきます。

震災をきっかけに医師の道へ

榎本と申します。幼い頃、重い病気にかかり医者になることを決意。浪人を経て無事に医者になることができましたが、とくにゆかりのない宮城県石巻市での勤務中に震災に巻き込まれました。市役所も津波で機能停止したため、勤務する石巻赤十字病院で行政から医療まで全ての機能を集約し、なんとか乗り越えました。今思い返せば大変な経験でしたが、来る日も来る日も救急車を見続け、いつの間にか救急医を目指すように。それまではスロットで生活するちゃらんぽらんな人間でしたが、震災でスイッチが入りました。

転機は 2016年の熊本地震に初動班として現地入りしたときのこと。おそらく日本でトップクラスの医者たちが集まっていたのですが、「どこのインフラが整ってない」「どこの衛生状態が悪い」という情報をなんと紙ベースで共有していたのです。本当にショックでした。「こんなに頭の良い医師たちが、なんて非効率的なことをしているんだ」と耐えられなくなってしまいました。そこで、いったん病院を離れベンチャー企業である株式会社Appdateへ入社したのです。

必要に迫られ取得したプログラミングスキル

5年ほど前、当時の Appdate社 社長が脱退し、残されたメンバーは私とエンジニアのみに。もともと医師経験しかなかったため、エンジニアとのコミュニケーションがとても難しく、まさに沈没する船をただ眺めているような状態でした。自分が歩み寄るしかないと思い、プログラミングを始め、曲がりなりにもWeb開発のスキルを身につけました。産業医・エンジニア・経営者を経験したことで、今では「エンジニアのメンタル不調」に対して少しずつ糸口が見えてきました。 今回は講義というより仲間探しに来たつもりなので、内容が少しでも響いたり気になることがあれば、ぜひ気軽にメッセージをください。

※1 産業医とは会社と従業員のちょうど中間に位置する立場から医学や労務関係の法律に基づき合理的な判断を会社に提案する医師です。街医者とはそもそも立場が異なる見解になります。

※2 メンタル不調を個人で防ぐのはかなり難しく、どうしても本講演は管理者向けになってしまう部分があることをご了承ください。

一般的なメンタル不調

まずは一般的なメンタル不調について解説します。厚生労働省による定義はこちら

「精神および行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、ストレスや強い悩み、不安など、労働者の心身の健康、社会生活および生活の質に影響を与える可能性のある精神的および行動上の問題を幅広く含むもの」 

日本人に多い勤勉・几帳面・真面目な性格の方に起こりやすいといわれています。(専門用語で “ メランコリック親和型 ”といいます。)

以下の8つが頻度の高い症状です。

  1. 憂鬱な気持ちが続く
  2. 焦燥感や不安感に駆られる
  3. 夜眠れなくなった、寝てもすぐ目が覚めてしまう
  4. 表情が乏しくなる
  5. 遅刻や欠勤が増えた
  6. 家事や仕事など、今まで当たり前にできていたことができなくなった
  7. 仕事のミスが増える
  8. 身だしなみに無頓着になる

エンジニアのメンタル不調 4つの大きな原因

次にエンジニアに特化したメンタル不調について考えてみます。

  • エンジニアの業務内容は非常に特殊性が高く、原因を探るだけでも大変なケースが多い
  • ある程度、進行してから初めて周囲が気付くことが多い
  • エンジニア業務には「一段落」がなく、過負荷になりがち
  • 熱中している時は本人ですらメンタル不調に気付かないことが多々ある

エンジニアの業務内容は非常に特殊性が高いことから、産業医がメンタル不調の原因を特定することは困難です。そのため、この分野の研究や解決が進まないのではないかと考えています。

では次にメンタル不調の大きな原因を見てみましょう。

エンジニアの処方箋

上記の図は、私のブログから引用したものです。詳細はこちら 産業医から見たエンジニアのうつ病対策

1) コミュニケーションの問題(非エンジニアとの関係)

業務内容の専門性の高さゆえに、非エンジニアとの対話において、スムーズに内容が伝わることはないと考えてください。

「エンジニアを黙らせてください」という有名なネタがありますが、この問題の解は「仕様変更があります」です。非エンジニアにとって些細な変更指示でも、エンジニアからすれば国家を揺るがしかねない問題なのです。

非エンジニア側が、学習を深め歩み寄らない限りこのコミュニケーション不安は解消されません。しかし学習コストを考慮すれば、多くの場合でその期待に沿うことはないでしょう。

2) ノルマの問題

あらゆる業種がテクノロジーベースになり、ビジネスの成長速度が極めて速くなっています。この背景によって、エンジニアのストレス値を大幅に超えた「達成不可能なノルマ」が設定されることが多々あります。無理なノルマ設定はコードの不健全さに大きく影響し、慢性的なエンジニア不足へ拍車をかけることにも繋がっています。

先日GPT-4が公開され、私自身も「API連携をどうしようか」と頭を悩ませています。次々と新しい技術が生まれる中で、それを使いこなせるエンジニアという立場は“就職・転職” の観点で優遇されやすい一方、需要過多の裏を返せば、ストレスフルな立場になりやすい点は注意しなければなりません。

3) 技術的問題(人材の不適切配置)

適性に応じた人事戦略が取れないと、人材の不適切配置に結びつきます。 “不適切配置” そのものは、すべての職種で起こり得ることですが、とくにエンジニアの場合は専門性の高さゆえ、適性配置を判断しにくい現状があります。バックエンド、フロントエンドの違いが分かればまだ良い方で、恐らく多くの一般的な経営者では判断しにくいでしょう。

4) 環境の問題(コードの不健全性)

身体のことであれば会社の健康診断で確認ができますが、開発に携わる人間以外がコードを認識することは、まずありません。持論ですが、コードの読みやすさは少なからずメンタルに影響を与えると思っています。開発状況やリソースを無視したノルマを立てられ、何とか間に合わせることをくり返すと、まるでスパゲッティが絡まった不健全なコードが発生し、心身を蝕んでいきます。

余談:従業員の健康診断は会社の義務、しかし…?

実は健康診断は従業員の福利厚生ではなく、会社の義務です。健康診断を実施しないことで従業員に重篤な健康被害が生じた場合、会社は安全配慮義務を問われる可能性があります。しかし、そのような仕組みはコードにはありません。会社がコードの健康に対して責任を担保することはありません。

メンタル不調を予防する

医療には3つの予防フェーズがあります。

活動目的 活動対象
一次予防 ・健康維持・増進

・疾病予防

・健康者
二次予防 ・早期発見

・早期治療により重症化防止

・発症疑いの者

・ハイリスク者

三次予防 ・合併症防止

・再発防止

・機能低下防止

・リハビリ

・疾病者

一次予防は健康増進(セルフケア)です。一次予防のポイントをまとめました。

無理をしない技術を身に付ける

切りのいいところまで仕事をするのではなく、中断と再開ができる技術を身につけましょう。

「こうあるべき」という考えをなくす

「こういう人をどうすればいいですか?」「こういう考え方をする人を変えるには?」という質問が結構あります。これは相手を変えることがベースになってるんですね。人は基本的には変わらないという思考を持たないと、メンタル破綻していくので気を付けましょう。認知の歪みを少しずつ緩めていくことでメンタルに好影響を与えます。* 認知に働きかけて、こころのストレスを軽くしていく治療法を「認知療法・認知行動療法」といいます。

他にも下記のようなことに気を付けると良いでしょう。

  • コードレビューは真摯に捉える
  • 1時間に1回の軽い運動をおこなう
  • 分離型キーボードを使用する(肩こり予防)

二次予防は「ゲイツ心配おねしょ」

二次予防は早期発見・治療です。セルフケアには「ゲイツ心配おねしょ」サインを活用しましょう。数字はその症状がその疾患に出る確率を示します。

エンジニアの処方箋

ケチ!嫌な飲み会サイン

部下や同僚など、あなたの周りの人がこのサインを出していたら注意してみてください。周りが気が付くレベルの不調であれば、かなりメンタル不調が進行しています。

エンジニアの処方箋

どう介入すれば良い?

実際に周りの人のメンタル不調に気が付いても、どのように介入して良いのかわからない人は、メンタルヘルス・ファーストエイド を参考にしてみてください。これは専門家に相談するまでの間に、家族や友人、同僚など、身近な人がメンタルヘルスの問題を抱える人に対して行う「こころの応急処置」を実践的に学ぶ教育研修プログラムです。

エンジニアの処方箋

とくに大切なポイントは、批判・否定せずに話を聞くことです。

ダメな例

「わかるわかる。そういうとき、みんなつらいよね。」

「まぁでも早起きして頑張れば大丈夫だから、一緒に頑張ろうよ。」

あなたとその人は違います。あなたの思い込みや決めつけで「頑張ろう」などと言ってしまうと、逆効果です。きちんと治療を受ければメンタル不調も元に戻る可能性が高いことを伝え、産業医や心療内科の受診をすすめてください。

産業医と心療内科の使い分け

産業医:メンタル不調の自覚はないが、周囲が不調を感じ取った場合などに会社から受診を打診されることが多いでしょう。

心療内科:メンタル不調の自覚があって受診することに強い抵抗がない人は心療内科を受診しましょう。

エンジニアが産業医へ聞きたいこと

ここからは、事前にエンジニアの皆さんからいただいた質問へ答えるQ&Aパートです。

Q:攻撃的な人への対応方法

運営:「エンジニアは間違いをストレートに言う人が多い印象があり、時に言葉の武器になる怖さを感じています。傷つけない伝え方や傷つかない聞き方についてアドバイスいただけないでしょうか。」と、ほかにも同じような質問が来ています。

榎本:「アサーション・認知行動療法」分類の話になりますね。聴き慣れない方はぜひ「アサーショントレーニング」で調べてみてください。下記の漫画も非常にわかりやすく、おすすめです。

アサーションの考え方はどちらかといえば、現場エンジニアよりもマネジメント層向け。もしあなたが管理者の立場であれば、ぜひアサーションを勉強してみてください。いま現在、現場エンジニアの方も、アサーションを学ぶことで、将来的にメンタルケアに強いマネージャーを目指すことができそうです。

運営:個人が防衛する方法はありますか?

榎本:攻撃的な人がたくさんいる不法地帯に無防備に放り込まれてしまうと、本人ができる行動は限られますよね。ただそういった人を大事にしない会社って経営状況に影響していくはずなんです。それが即座に反映されないのが、歯痒いところではありますが……。

運営:「傷つかない聞き方」については、どうでしょうか。

榎本:自分のスキルや知識に自信を持ち(持てるように努力して)、威圧的な発言を軽く聞き流せるようにする(ここも認知行動療法で、人は変えられないことを前提に、こうあるべきという考えを緩める)くらいしかないかなぁ、と。

Q:マネジメント業務が重く、パンクしそうです。

運営:「プレイングマネージャーとして案件を掛け持ちしながら各メンバーの管理、作業管理、自分の作業の管理、実作業をしなければならず、頭がパンクしてしまいます。乗り越える手立てがあるのか、そもそも断ったほうが良いのか、過去の経験から回答いただければ幸いです。」とのことです。

榎本:一般的な産業医の立場では「キツイなら休んだ方が良いですよ」としか言えないんですよね。一歩踏み込んで回答を考えてきました。

1) 会社の期待値を明確にする

まずは、会社の期待値を明確にしてみましょう。ここを明確にすることで、話し合いに持ち込みやすくなります。 会社の期待値が、あなたの仕事量を明らかに超えている場合は、会社との交渉に入りましょう。

2) 「断る」レベルを明確にする

  • 案件自体を断る
  • 会社には所属するが、特定の業務を断る
  • マネジメントを断る

3) わかりやすい言葉で「断る」

断る理由をロジカルに、専門用語を使わず説明し、歩み寄れる解決案を提示してみてください。自己防衛のためにはロジカルな見積もりと説明が大事です。

運営:心の問題はもちろん、プロジェクトマネジメントの観点でも「断る」選択肢が大事になってくるんだろうなと思います。吉羽さん登壇の勉強会でも、 “兼任”が、モノづくりにおいて非効率的であるという話がありました。気になる方はぜひ下記の記事も読んでみてください。

プロジェクトのデリバリー責任を持つと、スコープや納期を守らないといけないので、外部からのプレッシャーを受けやすいんです。そうなると、どうしてもチームを犠牲にしたくなります。だからデリバリーのプレッシャーが高い環境でピープルマネージャーを兼任するのは、僕は最大のアンチパターンだと思ってます。

引用元:「権限移譲できてる?エンジニアリングマネージャーのしごと」吉羽 龍太郎

Q:リモートワーク環境におけるメンタルヘルス対策とは

榎本:いくつかポイントを書き出してみました。

1) 出勤時と同様の行動をする

服を着替え、身だしなみを整えるなど出勤時と同様の行動を心がけてください。オンオフをはっきり分けた方がメンタルヘルスには良いです。

2) コミニュケーションツールの運用ルールを決める

超緊急時を除き絶対に18時以降は連絡しない、など。

3) 作業スペースを確保する

仕事をする部屋(場所)を決めて、プライベートでは立ち入らないようにしましょう。ワンルームの場合は、作業スペースを区切るなど工夫するなどしてみてください。

4) 定期的に画面から離れる時間を設ける

1時間に1回は軽く運動したり画面から離れて思考・振り返りましょう。結構時間を忘れて作業に集中してしまいがちなので、アレクサスキルなどのツールを活用するのもひとつの手です。

Q:「自分は大丈夫」と感じている人にできる対策方法は?

榎本:そもそも「自分は大丈夫」だと感じている方の考えを無理やり変えるべきではありません。他人の意見や考えを変えようとすること自体がおこがましいです。人は変わらないと言う前提のもと「こうあるべき」という思いが強い方はメンタル不調を起こしやすいので注意が必要です。※趣旨と反して申し訳ございません。

Q:一度メンタルを壊した人が元に戻るにはどうすれば良いか。

榎本:これは非常に悩ましい問題です。メンタルを壊した原因にもよりますが、基本的に一度メンタル不調が進行すると、元のレベル・内容で仕事をすることは非常に難しくなります。そのため早期発見・治療が大切になります。

また焦らず療養を続けることが大切です。心療内科医は町医者なので、基本的には患者さんが言ったことに 100% 味方します。焦って「もう大丈夫です」と申告すれば、医者としては「では復職しましょう」と回答します。それが時期尚早な判断だった場合、最悪です。また自身がどのようにメンタル不調になってしまったか、どのように苦しんでいるかを他のエンジニアに発信することはあらゆる角度からValueを生み出します。内省する意味で言語化してみることもおすすめです。

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フォークウェルプレス編集部

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この記事はフォークウェル編集部が監修しています。編集部では、企画・執筆・編集・入稿の全工程をチェックしています。

榎本 純也
榎本 純也
株式会社Appdate

代表取締役 / 医師

2005年 4月東京医師歯科大学医学部医学科入学 2011年 4月石巻赤十字病院就職。初期研修〜救急科・腎臓内科 名古屋第二赤十字病院/JCHO仙台病院/虎の門病院分院(国内留学) 2017年 4月 株式会社Appdate(現代表取締役) 2019年 9月 医療法人民善会 細谷透析クリニック(現院長 理事長)